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働き方/経済の変革

1.20世紀型(強欲型、奪いあい)資本主義経済の崩壊

2017年初頭の日本経済を見てみると、GDPは540兆円程度で推移し、インフレ率、金利はほぼ0%。需給ギャップは30兆円程度あり、供給過剰。消費の増加によって供給過剰を吸収できればよいのですが、将来の不安、低欲望社会への移行によって、消費が増加する見込みは低く、デフレ圧力は強まるばかりです。

一方でGDP成長の目安となる潜在成長率はこれまたほぼ0%の状況です。2020年にGDP600兆円など夢のまた夢でしょう。財政に目を向けると、経済成長によって、税収を増加し、社会保障、その他の財源としたいところですが、経済が定常状態である現在の状態では、これもまた非常に難しい。

国の借金は1,000兆円を超過し、一方で少子高齢化による社会保障費用の増加に対してどう対応すればよいのか、消費税を10%に上げるのでさえ国民の反感にあい、政治家も頭を抱えるばかりでしょう。

あらゆる部分で、現状日本経済は非常に厳しい状況で、また、これ以上の成長は中々難しいと言わざるを得ないでしょう。そもそも、成長のために無理やり政策を打っている状況が異常であると言えるでしょう。日銀の異次元緩和は人為的にインフレを発生させようという理論(リフレ理論)であり、全くの邪道です。

本来、企業が成長するのをサポートするための政府の政策ですが、成熟期に入っている企業にカンフル剤を打って、「国の成長のために」鞭打っているようなものです。一億総活躍社会も手放しで歓迎できません。まるで、お国のために奉仕せよ、という戦時中の「国家総動員法」のようです。これは、異常であることに早く気付くべきです。「成長」は必須なのかを今こそ吟味すべきであり、成長信仰、利益信仰という名の盲目信仰=数字信仰から目覚め、本来、経済がどうあるべきなのかを議論すべきでしょう。(⇒「理念哲学」)

AIの進歩により2030年にはAI市場は80兆円程度の規模に成長する見込みですが、一方で、淘汰される職業も増加し、失業率は現在の3%程度から一気に増加することになるのではないでしょうか。

経済の運営としては、橋本龍太郎政権の金融ビックバンの時代から、新自由主義(新古典派理論の小さな政府)を推し進めてきており、経済格差は拡大するばかりです。成果主義、および、市場競争の激化により、非常に厳しい弱肉強食の世界に各企業はさらされています。勝ち負けがはっきりしてきており、その結果として、個人個人の年収、所得の格差というものも増大し、格差の是正は深刻な社会問題です。

更に、各企業で働く人々の労働環境というものも、非常に過酷なものとなっており、長時間労働の是正、同一労働同一賃金、といった政府の働き方改革に加えて、もっと根本的に、「
働く人々の尊厳を遵守する政策」こそが今後重要になることでしょう。

以上、現代経済の一端を見たわけですが、経済のマクロサイドからミクロサイドに至るまで、数々の解決しなければならない課題が存在しています。この状況に加えて、経済は動的にダイナミックに次世代に移行しており、シェアリングエコノミーやAIの技術などによって、新たな時代の経済体制に移行している真っ最中でもあります。

このような中で、今後の次世代の経済はどのような経済に移行していくのでしょうか?、いえ、どのような経済に移行しなければならないのか?また、私たちはどういう働き方をしていくことになるのか、また、どういう生き方をしていくことになるのか、それを考えてみたいと思います。


2.近い将来の経済の光と影

今後、経済は、AIの技術によって、世界中のあらゆるものがインターネットにつながり、生活は劇的に便利になっていくことでしょう。また、シェアリングエコノミーによって、個人個人の間での交換、経済のやりとりが増加し、資源のより有効な利用が達成されていくことでしょう。それは、経済の光の面です。

一方で、AIによって、将来的に日本人4,500万人の労働者のうち、半分は職が無くなるという説もあり、そこまでではないにしても、いずれにせよ失業率は増大していくことでしょう。シェアリングエコノミーも、既存のホテル予約業者やタクシー業者、その他レンタル業界など影響を受ける可能性が高いでしょう。

また、デジタル技術の進化によって、益々情報の増大、また、リアルタイム処理化が進み、仕事は益々速度が速くなり、競争環境は激化し、現状よりも、勝ち負けの差ははっきりし、また加速してくるでしょう。

労働環境は益々厳しくなり、鬱やストレスというものは増大し、快適な労働環境の確保、および、労働者の「心のケア」というものがより重要になることでしょう。

AIに単純労働を奪われた後は、クリエイティブな仕事が残ってくると言いますが、クリエイティブな仕事はハードルが高く、誰でもできるというわけではないでしょう。

そのような中で、売上やシェアを獲得するために強欲になった結果、倫理的ではないビジネスのやり方や、会計上の不正、労働環境の悪化、といった様々な問題がクローズアップされることでしょう。
政治家が法の整備をいくら行っても、法の抜け穴はいくらでもあり、根本的に人の心が変革しない限り、経済は良くなっていかないのです。

非常に厳しい環境になると思いますが、このような中でも、新たな働き方の方法、経済体制が模索され、手探りで次世代経済へ移行していくことでしょう。


3.コンサルティングの限界

私自身は、ERPパッケージという、企業のビジネスプロセスの変革を行うパッケージの導入、運用支援を行っているわけですが、これも、結局は同じなのです。コンサルティングによって、たとえば、業務上の仕組みを整えることは可能です。しかし、ビジネスプロセスを再構築し(BPR:Business Process Reengineering)新業務の設計を行ったとしても、それを実行する人が「良くないと」、ビジネスプロセスは真に変革できないのです。

ビジネスプロセスの再構築は、例えば、在庫の可視化であるとか、業務横断的な調達プロセスの見直しであるとか、データの有効利用であるとか、いろいろあるのですが、それらの仕組みを整えたとしても、人が「良くないと」うまくいかない。

意識の問題ですが、せっかく新業務の構築を行おうとしているのに変化に抵抗し、現行業務を新システムに置き換えただけ、とか、業務標準化を行ってしまうと、「かゆいところに手が届かなくなるために」、属人的なプロセスを残してしまうとか。こうなると、思ったような業務変革などできないわけです。
この辺は、責任者が強力なリーダーシップがなかったりとか、担当者がめんどくさがって現状に固執するとか、変化に対して抵抗するとか、全て心に何かしら原因があるわけです。

こういう例はいくらでもあるのですが、要は、コンサルティングによって仕組みを整えることは可能ですが、人の意識まで整えるのは中々難しい。一方で、人の意識が変革されないと、コンサルティングを十分に効果あるものにするのは難しいわけです。

要は、
ビジネス変革も、現実的なスキル、制度、ルールといったものと心や意識と言われているものの「バランス」、これがないとうまくいかないのです。

もう一点、コンサルティングの限界として挙げておきたいのは、
効率化することの弊害です。これは、後程出てくる「足るを知る」ということと深い関係があります。私自身は、上記のようにERPパッケージの導入による業務変革:BPRに主として携わっているわけですが、それは、結局コストダウンや業務を効率化するためです。

日本企業は、1980年代のバブル崩壊以降、収益性が落ちビジネス変革の必要性に迫られてきたわけです。そのときに流行した言葉というのがいわゆる業務プロセスの再設計、つまりBPRであり、私自身がやっている仕事というのも、BPRのためのERPパッケージの導入、運用支援なわけです。そういった企業努力のおかげで、収益は改善していったわけですが、それによって、人員のリストラであるとか、業務プロセスの効率化によって逆に不測の事態に対応できないとかいろいろな弊害も起こってきたわけです。

私自身も外部へのコンサルティングだけではなく、社内の業務をコストの安い国に移管することで収益性を保つことも行いましたが、しかし、一方で代替された人員はどうなったのでしょうか。

また、業務効率化を行い、人を減らすのはいいですが、負荷が一人に集中した結果、過重労働であるとか、長時間労働といった労働環境の悪化という弊害も起こっていることでしょう。

ですから、なんでもかんでも効率化することが良いというのではないのではないか?と私自身も思うようになってきたわけです。こういうことを言うと、自分自身の仕事の否定をしているみたいですが、
効率化もほどほどが良い、ということだと思います。

要は、人間の体にしても、贅肉がかっこわるいからと、ダイエットして筋肉体質で、脂肪率が非常に低い、というのは、見栄えはよいのかもしれませんが、しかし、それによって、逆にケガをしやすくなる、風邪をひきやすくなる、といった形で健康面の問題が出てくるかもしれません。

無駄だと思われているものが、実は、役に立っている。これを老子の言葉で「無用の用」といいます。

例えば、人員も削減すればいいかというと、業務負荷が必ず平坦であれば最低限の人員で足りるかもしれませんが、しかし、負荷には波があるので、人員を効率化して削減してしまうと、一人の負荷が増えていき結局そういう人は嫌になって会社を辞めてしまう。すると会社に損害が発生します。収益性を見込んで人員を削減したのに逆に悪くなってしまう。

ここで、「では、どの程度の余裕を持ったほうがいいのか?」という疑問が出てくると思いますが、私の経験から言うと、
おおよそ、10%~15%程度ですね。例えば、もっとも効率化された人員が40人いるとすれば、その10%は4人ですから、45人程度の人員を用意しておく、ということです。完全に効率化すると、上記のように逆にコストアップにつながります。

結局は、「
余裕」が必要なのです。「余裕」があることが、企業の長期的な存続を可能にすると思います。松下幸之助のダム経営ではないですが、業務に波風が立っても、業務負荷が変化しても、余裕をもって対応できるだけのリソース、資源を準備しておくことは非常に大切なことです。

自分自身のやっている仕事の否定をしているようで、心苦しくもありますが、この辺は、
「業務効率化」と「余裕」、この両者のバランスですね。どこでバランスを取るかを重視する必要があります。業務効率化と言って絞りすぎると、様々な部分に弊害が生じ、結局うまくいかないのです。

なんでもかんでも効率化すればよいというわけではない、バランスが重要であり、この辺は、バランスの判断基準を持つことが大切になるということです(「理念哲学」)


さて、ひとつ、私の体験談を話しましょう。

私がまだコンサルタントとして駆け出しのころ、間接部門の効率化の調査をまとめていたことがありますが、その際に、間接購買をまとめて大手から購入すればコストが安くなるのになぜやらないのですか?という疑問を投げつけたことがあります。この会社は地域では非常に大きな会社であったのですが、文房具を発注するにもいろいろな個人商店から購入しており、業務効率化からすると私には非常に無駄に思えたわけです。

しかし、その会社の人の回答は今から思えば、非常に的を得た回答だったのです。つまり、「
自社は地域の売上も守っていかなければならないため、集中購買はできないのです」というものです。その時はよくわかりませんでしたが、今ならば、非常によくわかります。なんでもかんでも効率化すればいいというものではないのです。


コンサルタントは非常に頭がよく優秀な人が多いですが、しかし、元々の理念に対して知恵があるかというとそうではないと思います。コンサルタントは非常に知的な職業で、頭の良い代表的な職業であると思いますが、本当の意味で頭が良いかというとそうではないのではと思います。道具的理性を駆使することは非常に優秀ですが、理念理性に対してはほとんどの人が盲目であると思います。(理念哲学

私には、コンサルタントやまた学者を見ていると、遠い昔のギリシャの時代のソフィストを思い出します。コンサルタントや学者というものは、
現代のソフィストではないかとそのように思えるのです。



4.新時代の息吹

さて、いろいろ考えたわけですが、新しい時代の経済はこの行き過ぎた資本主義を修正する経済として現れてくるでしょう。ただし、これは、制度的にこのように変更されていくというよりも、人の意識が変革することによって、このように変わっていくという側面が強いです。なぜなら、
以下の変革はいくら制度やルールを整えても、規制することができないからです。政治的なルールは分配政策が機能するくらいであると思います。

制度面だけ変えても、根本的に人の意識が変わらない限り、経済は良くならないのです。これは、我々が最も強調したいことです。

<新時代の息吹>
1.働き方の変革:
  1.労働生産性(≒ビジネススキル)向上と心の変革
  2.「労働者」と「消費者/企業」の双方の意識の変革
  3.失業の不安におびえない安心社会の創造
2.ビジネスの変革:
  1.行き過ぎた競争からの脱却と個性の創造
  2.与えるビジネス
  3.Co-innovation、Co-workingの促進
3.新たな経済の3つのポイント
  1.個性の創造(発展性)
  2.足るを知る(エゴの抑制)
  3.セーフティネットの存在(調和性)

<1-1. 労働生産性(≒ビジネススキル)向上と心の変革>


2017年初頭、政府は働き方改革として長時間労働の是正と労働生産性(ビジネススキル)の向上による賃金上昇を上げています。ドイツなどに比較し日本は労働生産性が低いというのは統計データとしてまとめられているため、今後労働生産性の向上は可能でしょう。

しかし、我々World Changeはそのような労働生産性の向上≒ビジネススキルの向上だけでは、本当に労働環境が是正され、労働者が心地よくモチベーションを発揮し、成果を上げていくには不十分であると考えます。

つまり、成果主義の中において、他者と自分のパフォーマンスを比較し劣等感を感じ、精神的に疲弊し、ドロップアウトしていく。効率化重視の中、パフォーマンスの差に苛立ちを覚え、つい相手にきつく当たってしまう、パワハラをしてしまう。ちょっとのミスに対しても厳しい態度で臨み、人を壊してしまう。

生産性が、ビジネススキルが向上するだけでは、こういった問題には対処することができません。そういう生産性と言ったハード面のスキルに対して、「
心のスキル=ソフトスキル」を身に着ける必要があるのです。そのためには、十分に人というものを理解し、人の心を理解し、それに対した臨機応変の行動をとること重要になるのです。ソフトスキルに関しては、ケーススタディに、状況に応じた対応というものを記載しています。

当然ですが、ビジネススキルは重要です、例えば、基礎的なホウレンソウや、仕事の段取り、スピード、漏れなくスマートにやっていくことは当然重要です。しかし、人間は100%完ぺきではないのです。パーフェクトを目指すことは重要ですが、必ず間違いは発生する。また、仕事が重なって過重労働になることは誰にでもあります。こういう場合に、常に平常心を保って、心の平安を保って業務をこなしていくために、心の修行というのも、スキルレベルと同様に必要になってくると言うわけです。

大切なソフトスキルを3つ挙げるとすれば以下のような感じでしょう。
1.不動心(例えば、劣等感、自己顕示欲への対応、思い通りにならないことに対して状況を受け入れる)
2.対人スキル(相手を受容できる器の大きさ、自分には厳しく相手には優しい寛容さ)
3.プロセス視点の地道な積み上げ、忍耐力(一発逆転を目指すのではなく「静かに」小さい成功を積み重ねる)


ビジネススキルと心、その両方を備えた「プロフェッショナルな人格者」これが、将来のビジネスパーソンのモデルになるでしょう。



<1-2. 「労働者」と「消費者/企業」の双方の意識の変革>


この1-2は、1-1を補足する内容です。

2017年初頭、日本政府は働き方改革として長時間労働の是正を最重要課題に位置付けています。そして、長時間になる理由として、上位に挙がってくるのが、取引先からの無理な要求というのがあるわけです。この取引先とは、消費者と読みかえても良いと思います。

取引先としては、サービスの提供納期が遅れたり、品質が悪いと言ってクレームをつけてきたり、また、突発的な案件が入ってきたからと下請けに短納期で仕事を押し付けたりするわけですが、こういう取引先の要求があるため、仕事も長時間になり、過酷になり、労働環境が厳しくなる要因なのですね。

では、これをどう解消すればいいかというと、取引先としても、もう少し寛容さを身に着けたらいいと思うのです。そのためには、トップの、管理職のリーダーシップが重要ですよ!あなた方が、変革のリーダーになりなさい!多少納期を遅れても、多少品質が悪くても、
それでどれだけの死活問題になるのですか?ほとんどが大したことない話のはずです。また、代替方法は本当にないのでしょうか?

そういったことを考えると、仕入先に対してそれほど無茶な要求をせず、もっと寛容になれるのではないでしょうか?社会全体として今は不寛容社会ですが、まず最初に、この雰囲気を変えていく必要があると思います。

情報量が増えリアルタイム処理、デジタル社会へ移行し、競争が激化したことが不寛容の原因の一つであろうと思いますが、寛容社会に変える必要があります。昭和の時代はおそらくもっと寛容であったろうと思います。この辺は、もう少し詳細を記載が必要でしょうが、まずは、「
寛容さ」これが大切であると思います。これは、制度では規制できない部分ですね。これは、私自身も、真っ先に、ぜひとも取り組んでいかなければならない大きな課題です。

現代社会は便利になりすぎて、「完璧にできることが当たり前」と思っている。完璧にできることが当たり前であり、ミスが発生することは、不完全であることはありえないことだ、という認識を基礎においています。しかし、一見して分かるように、この考え方には余裕がありません。

完璧にできることが当たり前と思われると、常にあらゆる事象に対して神経を張っていなければならないため、それを実施する人は非常に緊張します。ストレスの原因になります。体を壊す原因になります。すると、その人は不調により休職、退職してしまい、結局、サービスを受ける側も不利益を被るし、また、サービス提供側も不利益になります。

まあ、これは、対取引先を題材にしていますが、上司対部下の関係もそうですね。全ての人間関係、利害関係においてですね。

人に対して厳しくして絞ったほうが効率よくまた売上も上がるのだと思うかもしれませんが、真実は逆で、多少の失敗は大目に見てももっと延び延びとやらせたほうがよほど効率的であるし、また、売上も上がるのです。最短距離は回り道なのです。これは、実践するのは勇気がいりますが、一度やってみてください。寛容さを持ったほうがよほど効率的になり売上も上がるようになることを経験できることでしょう。

ですから、もっと寛容さをもって、「できることが奇跡だ」と思ってみたらどうでしょうか?これは、実際にそうなのです。電車も普通に走っていることが奇跡なのです。地震が起きるかもしれない、雪が降るかもしれない、嵐になるかもしれない、または、人が飛び込むかもしれない、そういう可能性がものすごく渦巻いているのに、定刻通り電車が走っている。これは、実際に奇跡なのです。ですから、
できることが当たり前と思うのではなく、できることが奇跡だと思う、そう思ってはどうでしょうか?そういう心の余裕、心のゆとりが必要なのです。

プロであることは重要です。パーフェクトを目指すことは重要です。その努力を怠ってはなりません。しかし、1%のミスがあるからと言って全てが否定されるような、そのような社会は間違っています。
プロであることよりもさらに重要なことは、寛容であること、あらゆる状況を抱きしめることができることです。それが愛ではないでしょうか?簡単に言えば、「自分には厳しく、他人には優しく」、子供でも分かることです。

さて、次に労働者側です。労働者としては、特にまじめな人がそうですが、根詰めて仕事をした結果鬱になってしまったり、自分を追い詰めてしまったりすると思います。また、出世競争によって、相手に負けまいと体を壊してまでがんばろうとします。

もっと「
ふまじめ」になっても良いと思うのです。仕事をやらずに帰ってもいいと思う。それで上司が怒ったら勝手にそうさせておけばいい。「まあ、いっか」と思えばいいのです。(これは、ケースバイケースですよ!)何よりも自分の尊厳を守るべきです。この辺は、老荘思想を見習うことです。

また、競争に疲弊する人に対しては、自分の価値をもっとしっかりと認識してほしいと思います。そして、
不動心を持ってほしい。相手が動こうが、自分は動かない。そして、自分自身の個性をもっとしっかりと認識してほしいと思います。以上、全て、制度では規制できない部分です。

以上、概要を確認しただけですが、こういった、双方の意識の変革によって、働く環境というものが、徐々に良くなっていくと思います。まず、人の心が変わることが大切です。



<1-3. 失業の不安におびえない安心社会の創造>

さて、働き方変革をいろいろ考えたわけですが、上記で記載したことはどちらかというと「
強者の論理」かと思います。スキルと心をあわせた「プロフェッショナルな人格者」など、確かにビジネスパーソンのモデルにはなりうるでしょうが、全ての人がそうなれるわけでもないでしょう。大多数の人は、新時代の企業社会の中でもがき苦しんでいるかもしれません。これらの人々への解決策を提示しないでは、片手落ちですね。

さて、大切なことは、それほどスキルが育っていない人でも働ける社会、または、どうしても働き口が見つからなくなった人が安心して暮らせる社会を創造すること。これは極めて大切なことです。

弱肉強食の社会は間違っています。強いものはいいのです。勝手に弱肉強食の世界で覇を競い合っていればいい。しかし、弱いものはそうはいきません。全ての人が平等に暮らせる、基本的人権が尊重された社会の創造は極めて重要です。

そのために必要なのは、やはりどうしても、社会保障であり、金銭的なベーシックラインの確保です。これは、どうしても、
政治的な分配政策がもっと機能しなければなりません。そのために、税収をもっと増加させ累進課税を強化していくことが必要と思います。理想的には北欧で試験的に実施しているベーシックインカムですね。

そして、そのような
スキルがあまり育っていない人材を受け入れる企業に対して政府が補助金を提示するなど、そういった政策が必要になると思います。その中で、徐々にで良いからスキルを育てていく。この辺は、政治の世界の話になりますが、どうしても、こういった変革は必要です。



<2-1. 行き過ぎた競争主義からの脱却と個性の創造>

2点目は、行き過ぎた競争主義からの脱却ですね。これは、一点目で既に言ってしまいました。結局は、自分を知り、不動心をもって自分を保ち、そして、個性を表現する、ということです。

結局、企業間競争は、市場シェアの高い企業がどんどん技術開発を行って、トップスピードで走っていくから、追随する企業も我負けじと必死でついていくわけです。好きで走っている人は別にいいのですが、それについていくほうは、これは、たまったものではなく、どんどん疲弊していくのです。この辺が、現代の資本主義の本質的な疲弊の原因であろうと思います。

その場合、どうすればいいのでしょうか?簡単です。ついていかなければいいのです。企業としてはそうもいっていられないでしょうが、働く働き手のあなた方はそれができるはずです。ついていかなければいい。でも、そうやって何もやっていないとリストラされてしまいますので、自分の陣地を確定させる。それが大切です。要は、
競争によって他人に振り回されるのではなく、自分自身を保ちなさい、そのために自分の陣地を確定させなさい、ということです。

結局、競争に振り回されるのは、自分の心が弱いからであって、
劣等感という心のゴミがあるからです。この心のゴミを取り払い、心のゴミを掃除したときに自分自身の個性というものが浮かび上がってくると言うことです。ですから、労働者の意識変革とは、結局のところ、競争という貧困意識からの脱却であり、自分本来の個性に戻っていくという心の変革に他ならないわけです。

試しに、競争を止めてください。そして、相手を意識することなく、自分に没頭してください。きっと今よりも売り上げは上がるでしょう。

この辺は、結局企業も同じことですね。完全なブルーオーシャンを構築することは、非常に難しいことですが、自らのコアコンピタンスをはっきりさせ、少しでも他社と差別化を図り、競争激化を抑えることは企業にとって大変重要なことです。

個性の創造に関しては、ケーススタディをご参照ください。



<2-2. 与えるビジネスのやり方>


まず最初に、強欲な強奪型の資本主義経済に人々は嫌気が差してくるでしょう。また、
「奪う」よりも「与える」ビジネスのやり方のほうが実はうまくいくということに気づいていくことでしょう。その傾向はすでに起こっており、現在、企業の社会的責任であるCSRや、また、江戸時代、近江商人の三方良し(「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」)という考え方も見直されてきています。また、渋沢栄一の「論語」と「算盤」も、企業倫理を重視する考え方です。

■奪うビジネスは、以下のようなものです。要は、「
自分さえ良ければそれでいい」という考えが先に来ている。
・嘘を言って案件を獲得する(証券会社で顧客に不利益があるのにそれを言わずに販売することもこの一種です)
・採算第一で考え、契約を打ち切りにする、仕事が終わっていないのに要員をリリースし品質を悪化させる(採算は重要ですが、Winwinがそれよりも重要)
・投機取引、マネーゲーム
・結局は人を生かすことにならないビジネス(詳細記述しませんが、いろいろ想像してみてください!)
・etc

■与えるビジネスとは、以下のようなものです。
・自分のサービスを提供したときに顧客に不利になることも正直に言う
・採算はもちろん大切だが、価値の提供を第一に考える。サービス提供が終わっていないのに契約を打ち切らない
・相手の利益を考える。時に自分自身の利益が最大化できなくとも、相手の利益を考慮したうえで、ある程度のWinwinが構築できれば良しとする。効率化、コストダウンを重視して取引先をむやみに切らない。
・採算はもちろん大事だが、最後は、採算よりも倫理を重視する

奪うビジネスは、短期的に売り上げを上げることはできるでしょうが、長期的に継続して安定した取引関係を築くことは不可能です。最終的には「
信用」が大切になりますが、こういう取引を行う企業は信用されないのです。信用されないがために、取引は停止になり、業界での評判も悪くなり、売上も落ちていくのです。

この逆が与えるビジネスのやり方です。与えるビジネスは、短期的には売上を獲得できないこともあるでしょう。また、劇的に大きく売上を上げることもできません。しかし、長期的には着実に積みあがっていくのです。

1970年代から世界は経済の不安定、経済破たんの危機を何度も経験してきました。そして、その不安定さに嫌気が差していると思います。そこで、
安定した経済の運営を模索するようになり、この「与えるビジネス」のやり方に気づいていくと思います。

与えるビジネスとは「心のビジネス」とも表現できます。「
心のビジネス」が社会に浸透していくと思います。いや、広がっていかなければなりません。結局、「奪うビジネスのやり方」から「与えるビジネスのやり方」に移行していくのです。実際に「与えるビジネス(心のビジネス)」のほうが、企業が長期的に安定して繫栄するビジネスのやり方になります。奪うやり方では、短期的に利益は上げられても不安定で続きません。

現代は非常に利便性の高い社会であり、AIの発展によって、更に利便性が高くなるかもしれません。しかし、なんでもかんでも便利にすると、消費者はそれでよいかもしれませんが、労働者がより厳しい環境に追い込まれることになります。つまり、消費者のわがままな要望に応えるために、自ら身を切らなければならない。現代は労働者が消費者の奴隷になっていると言っても過言ではないのではないでしょうか。これは、先述した通りです。

また、便利なのが当たり前という感覚になると不寛容さが増します。それは、現代日本の象徴であると思いますが、便利さもほどほどのところで満足する、「
足るを知る」ことが重要であると思います。もう十分幸せではないですか?これ以上何を望むのですか?



<2-3. Co-innovation、Co-workingの促進>

個人に目を向けると、AI時代、クリエイティブな仕事はハードルは高いですが、こういったクリエイティブな業務に「選択的集中」することによって、より、個人個人の能力、個性を重視した世の中がやってくるとも言えそうです。今までは、各個人の能力つまり、スペック勝負的なところがありましたが、将来的には、各個人間の差別性、つまり、
個性というものがより重要視されるようになることでしょう。

業務は高度化していき、企業間での専門分化が行われ、企業間の協業体制、
Co-innovation(コーイノベーション)が現在よりもより重要になっていくことでしょう。逆に、自社の差別性のない、あっても無くても経済にとって困らないような企業は淘汰されることでしょう。競争よりも他社と協業のできる、自社のコアコンピタンスのはっきりした企業が今後残っていくことでしょう。

こういった傾向から、競争主体の奪い合う経済から、徐々に「
Co-Working」、つまり、協業型、自らの強みを相手に与えながらお互いに補完しあい、より高い価値を生み出す経済へと移行していくと思います。

その過程で、「
与える行為こそが経済的な繁栄の道である」という価値観が、徐々に形成されていくと思います。奪い合う思想というものも、徐々に淘汰され、与える思想が、新たな経済の価値観として醸成されていくことと思います。心の価値観であり、「心の経済」へと経済は移行していく、ないし、そうならなければならないと思います。

この
「心」を経済の中心理念に置き(理念経済学)、経済体制としては、現在の自由主義的な資本主義経済は社会主義的な分配政策を取り入れたハイブリッド型経済(資本主義経済と社会主義経済の中間形態)へと移行していくことでしょう。現在も累進課税によって分配政策はとられていますが、まだまだ不十分です。そして、上記のように今後益々分配政策は重要になります。貧困撲滅のため、更なる累進課税の強化、その他税制改革によって税収を増加させ、貧困層への再配分を行う必要があります。そして、世界的には、グローバルタックスの概念などよって、一国に依らず世界全体で税制に取り組む必要があるでしょう。

また、経済成長は現在GDPで測定されていますが、既にGDPの欠陥は多くの経済学者、政治家が指摘しており、日本政府も新たな経済指標の研究を行っています。近い将来、数字だけではない、
多面的な側面で経済を評価する指標というものが出てくるでしょう。

以上、
新時代の息吹としての新しい経済を考えてみましたが、これらの達成には、心の変革、我々の意識が変わることがキーになるのは、論述した通りです。政府の規制など、分配政策程度になります。ですから、我々の心の変革、意識変革が、大変重要になるのです。



<3-1. 新たな経済の3要素①:個性の創造(発展性)>


結局新しい時代は、個性の時代になるということです。これが最も基本です。個性に目覚めることで、
働き方は奪いあいから与える働き方に変化し、競争、略奪から共生、協業へとスタイルが変わっていきます。

人間の能力の段階は、私は2つの段階があると思います。それは、誰しも共通に持っている個人のパフォーマンス、スペック的な部分です。計算の速さ、仕事の速さとかそういった部分ですね。これは、競争の対象であり、今までの時代は、こういったスペック勝負の競争、それが経済の主な内容であったと思います。

しかし、その上の段階があり、それが個性の創造です。これは、オンリーワンの個性であり、比較対象がありません。したがって、一人勝ちということですね。これが目指すべき自分自身のポジショニングです。

そして、個性があることで初めて、唯一無二の価値を他者を分かち合うことができ、自分自身が「
与えること」ができるようになります。また、お互いがパズルのワンピースであり、協業スタイルの仕事のスタイルが基本になってきます。そのような世界では、もはや略奪や奪い合いという次元は通り過ぎています。

さて、個性というものは、一朝一夕で簡単に見つかるものではありません。もちろん、その人の個性というものは、最初から備わっているのですが、その個性がビジネスの中で開花するには、様々な経験、長年の経験を必要とするのです。

新人として会社に入社し、議事録を取ることから初めて、先輩の下で仕事の見習いをしていく。顧客とミーティングをしながら、徐々に定型的なレポートの発表からコミュニケーションを取っていき、徐々に自分でもミーティングを主催できるようになっていく。そうして数年たつと、リーダーとしてメンバーを取りまとめていき、チームでパフォーマンスを上げることを学んでいく。更に実績を積み重ね、認められていくことで、管理職に昇格していく・・。

それら、数々の経験をこなすことで、たとえば、管理職になる段階において自分自身管理よりも専門性としてエキスパートを目指していきたいと思うかもしれません。一方で、私のように、そういう専門的なことはあまり興味がなく、それよりも、人をマネージする方法を身に着けたいと思う人もいるかもしれません。

いろいろな仕事をやって、それぞれ失敗したり成功したりすることで、自分自身の特性や、自分自身がやりたいと思う方向を知るようになり、そうやって、徐々に徐々に焦点が絞られてくるのです。

ですから、個性というものは、長年の研鑽を必要とするのです。
長年の研鑽の中で、鉄が熱く打ちつけられる様に、自らが多方面から打ちつけられ、鍛えられることで、焦点が絞られてくる。

その長年の経験、プロセスが大切だということです。長年の経験、プロセスというものが、その人の個性を形作るのです。現代人は、短期的な結果を重視しますが、しかし、本来のその人の豊かさ、そして、これは、企業のコアコンピタンスも同じことですが、そのような豊かさを発見するには、長年の努力が必要であるということです。

短期的な結果ではなく、長期的なプロセスが重要であるということです。
ですから、結果に焦るのではなく、今できることをひとつひとつこなしていくこと、手堅く終了していくこと、それを努力目標にすることです。その先に個性というものが存在しているのです。



<3-2. 新たな経済の3要素②:足るを知る(エゴの抑制)>


現代の資本主義は時に強欲資本主義と呼ばれることがあります。飽くなき、利益争奪、奪い合いの経済であると呼ばれることがあります。それは、ヘッジファンドの巨額の投機取引であるとか、CEOの高額報酬であるとか、いろいろ事例はあるのですが、やはり、そういうのは、止めたほうが良いと思うのです。

ほどほどで満足する。足るを知ることが大切です。

なぜ、足るを知ることができないのか?それは、現状に満足していない、つまり、
感謝が足りないのです。感謝が足りず現状に満足できないからこそ、刺激を求めもっともっとと欲しがるのです。ですから、人類は、売上や利益を上げることに腐心するのではなく、もっと、感謝する能力、足るを知る能力を身に着けることを学ばなければなりません。そのためには、一日最低一度は、現状に対する感謝の祈りを天に捧げることです。

さて、この足るを知る、と個性の関係も記載しておかなければなりません。
結論を言えば、エゴイスティックなもっと欲しいという思いに対して足るを知ることは非常に大切です。しかし、個性の表現に対して足るを知る必要はありません。自分の個性の表現は無限大です。個性の表現に終わりはありません。無限に続く階梯があるわけです。

飽くなき探求は、売上を求めてお金をより多く獲得することではなく、個性の探求に求めるべきです。結局、売上やお金に意識が縛られているうちは、真に認識していないのです。個性の探求とその表現という喜びに比較すれば、売上やお金など取るに足りません。お金や売上というものは真に知らない人間が腐心するものである、ということが言えるのではないでしょうか。


足るを知ることについて、ひとつの事例があります。

フランスのある事例です。ある家庭が金曜の夜に水道が出ないというトラブルに見舞われました。当然水道会社に電話をするわけですが、「すみません、明日は休みなので、月曜まで水道でなくても我慢してもらえますか?」と言われたそうです。日本では考えられませんが、フランスではそれが当たり前のことだそうです。

また、宅急便も、配達指定はあっても午前か午後かという指定しかできず、非常に大雑把らしいのです。そうすると、午後中待っていなければならず、大変不便です。午後中待っていたかと思うと、「すいません、午後回りきらなくて明日に持っていきます」と言われる始末。

また、インドでのある事例です。インドの電車は遅れるのはしょっちゅうですが、あるとき、電車がピタッと定刻通りに到着したわけです。なんだなんだ、と思ったら、実は、前日の電車だった!という。24時間遅れ・・・。

世界では、こういう状態が当たり前であり、それが受け入れられているのです。
便利さというのも、ほどほどで良いではないですか。電車が数分遅れると怒ったり、仕事で何かミスが生じると猛烈なクレームが来たり、そういうのは、足るを知らない心が招いた結果だと思います。

つまり、
足るを知らない心と不寛容さというものは相関関係がある。それを解消するのは、全てが当たり前ではないと思える感性、感謝の心です。ほどほどで良いではないですか。今あることに感謝の気持ちを持てない人間は、どれほど便利になっても決して満足することはできないのです。幸せ、幸福の一番の近道は、お金持ちや便利になることではなく、今あることに感謝できる感性を持つことです。

この足るを知らない心と不寛容さ、そして、全てを当たり前と思い、感謝する気持ちがないということは、
現代社会の混乱の非常に大きな原因であると思います。

モンスタークレーマーにしてもそうだし、効率化を極限まで進めて余裕がなくなっている状況もそうであるし、毎一分ごとに電車が来るなど便利なサービスが得られるのが当然であると思う気持ちもそう。こういった、
ギスギスした関係、人間関係の余裕のなさ、それによる社会的な摩擦というものが、非常に深い根を張っているように思えます。

足るを知らない心、余裕のなさといったものは、非常に深刻な社会的な問題であり、足るを知り、寛容性のある、余裕を持った社会の構築は急務であると思います。
このままでは、社会はギスギスした関係の中、閉鎖していくことでしょう。

将来は、AI社会で人間の生活はさらに便利になると予測されていますが、これ以上便利になってどうするのですか?単に人間が堕落するだけだと思うのですが・・。
AI技術を追求することは大切であると思いますが、それを人間生活に適用するのは、見極めが大切と思います。便利になった分、より不寛容な社会になってしまうのではないかと危惧します。なんでもかんでも便利にするためのAIの投入は、これは、私はあまり肯定的ではありません。AIについてはまた別途考えることにしましょう。



<3-3. 新たな経済の3要素③:セーフティネットの存在(調和性)>

個性の時代という風に記載しましたが、全ての人が個性にたどり着けることは不可能でしょう。おそらくは個性に到達する人間は10%程度で残りの人間は競争環境の中で身を粉にして働いていくのではないでしょうか?

そのような中でドロップアウトしていく人間というのも当然いるわけです。仕方なくリストラされた場合や、自ら辞めた場合、そして、引きこもりになってしまった場合など、多くの人が厳しい労働環境におり、また、その労働環境から脱落してしまうことでしょう。

その場合に必要なのが、政府の救済であり、セーフティネットの存在です。失業保険や各種手当といったものが大変重要になります。そのために累進課税や税制改革が必要なのは先述した通りです。

さて、私は、この政府によるセーフティネットの存在だけによって、平等な社会が構築されることを良しとはしません。
企業にもまた、責任はあると思います。

要は、
各企業は、あまりスキルの高くない人材を雇い入れて、雇用率を上げていかなければならないと私は考えます。企業は株式会社の理論からすると株主のものでしょうが、しかし、企業が社会的な存在であるならば、自らの関係者に対してすべて責任があると思います。

つまり、
社会に対する責任がある。そして、その責任をより大きく持とう、より社会的な問題に対しても取り組んでいこうという自主性にこそ、企業のより深い存在意義があるのではないでしょうか?つまり、失業者やスキルのあまり高くない人々を雇っていく責任は企業にもあるということです。

そして、そういう人材を雇うにはコストがかかりますが、このコストはやはり企業が負担すべき、そして、それだけのコストを負担しても不動である、「余裕」というものが必要であると私は思います。これこそ松下幸之助の「ダム経営」の思想ではないでしょうか?このコスト負担は政府から補助金が提示されても良いと思います。

こういう認識に立てば、
人員削減のリストラなどは、社会的正義に反することでありやってはならないことであるという風に言えるのではないでしょうか?

リストラではなく、
より多くの雇用の責任を背負う、それが企業に求められていることであり、そのために、「余裕を持った」経営をしていかなければなりません。もちろん、それが現代の企業環境では難しいことは百も承知ですが、しかし、「まず余裕を持った経営をしなければならん」、と思わなければなりません。この思うことが最初で、そこから道は開けてくるのであると思います。

2016年秋時点の日本企業の内部留保額(利益剰余金)は370兆円あります。現在失業率が3%程度で、労働人口は4,500万人程度ですから、失業者は4,500*0.03=135万人います。年間400万円給料を支給するとすると、135万人*400万円=54兆円です。現在の利益剰余金をベースとすると370兆/54兆=6年分の換算になり、継続性には疑義が生じますが、1/4程度であれば、24年分となります。つまり、現在の利益剰余金をベースにすれば、失業者の1/4~1/2(?)程度は企業で負担可能ではないでしょうか?若干荒い計算ではありますが・・。あとは、政府が年度予算で補助金を積めばいい。



以上、新しい経済のための3要件を考えたわけですが、それをまとめると次のようになるでしょう。

「個性が表現されることで協業の世界が構築され、余裕を持った経営が生まれる。また、各個人、各企業は「足るを知り」いたずらに売上を求めず、自らの研鑽に努める。一方で、まだあまりスキルの発達していない人々は、この余裕を持った経営の中でじっくりとスキルを養っていく。」

こういう経済環境、経営環境ができてくれば、現在の余裕のないギスギスした過酷な環境というものも変わっていくのではないでしょうか?




5.新しい時代の働き方/経済

さて、いろいろ書きましたが、一言で言えば、「
余裕を持ち寛容で安定的な、そして個性重視の協業型経済に移行し、イノベーションが促進され、更なる経済成長が達成される。同時に分配も十分に行われ平等な社会が実現する。」、ということになります。協業型であるため、経済はグローバルに統合の方向に向かいます。

これが、我々の新しい市場経済のビジョンです。経済体制は現在の資本主義経済とあまり変わりません。しかし、中身が180度変わるのです。つまり、一番重要なのは「
奪う経済から与える経済への変化」です。

働き方は、個人の能力(スペック)勝負の「競争」から、
個性を重視した「協業/共生」へと移り変わっていくでしょう。それにより、ライフスタイルも「自分らしい生き方」を重視するようになるでしょう。

また同様に、ビジネスは、シェアを奪い合うマイケルポーター的な「競争スタイル」から、お互いの個性を生かした協調型、「
協業スタイル」に移行するでしょう。

つまり、奪い合うスタイルから自らの個性を与える分かち合うスタイルに移行する、ということです。これを心の働き方、心のビジネスと表現しましょう。これはシェアリングエコノミーだろうが、AIだろうが、関係ありません。働き方の、非常にベーシックな部分の変革になります。

以上、心を重視した働き方、ビジネススタイルに移行することで、経済もベーシックインカム等ベースラインを分配政策によって整えたうえで、適正な競争環境の構築へと向かうことでしょう。
そして、最も重要なことは、「
心の経済」へと経済が生まれ変わるということです。
「奪う経済」から「与える経済」へ移行するということです。

それによって、
経済はグローバルに「統合」の方向に向かい、それが政治的な統合(世界政府)へと向かっていくことでしょう。2017年現在世界は分断の方向に向かっていますが、ビジネスや経済においては、今後、分断ではやっていけないことに気づき、必ず統合の方向性を模索し始めます。

なぜなら、個性に集中するということは、自らの強みに選択的集中することであり、他を切り捨てることにあり、お互いがお互いに得意な分野に集中することで、国際的な分業体制が進み(
リカードの比較優位)、より価値あるものを生み出すことになるからです。そのためには地球規模の統合が不可欠なのです。(※文化の同質化には注意しなければなりませんが。)

そして、これが我々の目指す社会変革になるということです。

以上が経済の変革の簡単な概要です。以下、詳細内容を記載します。

<新しい経済のビジョン>
1.新しい時代の働き方
2.新しい経済システム
3.経済フロンティア「精神フロンティア」の創造


団体:World Change
主催:小倉大玄

【お問合せ】
E-mail: mtws.office@gmail.com
担当:山田和博